お月見の由来を子供に説明、わかりやすく解説!これで完璧ですよ!


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お月見は、別名十五夜とも言われますが、子供に説明するとき、「中国の伝来で、平安貴族の….」といったところで、「平安時代って?」とか、子供の何故何故攻撃で、上手く説明できない親御さんも多いのではないでしょうか?

実は、この風習には謎が多いと言われているんです。

それに毎年、お月見の日である十五夜は日付が違いますから、上手く説明するには、自分がまず詳しく理解していなければ、説明は苦しくなります。

日本の伝統を子供にわかってもらうためにも、上手に頭に入れておくのが得策です。

お月見 アイキャッチ

 

平安京の頃の時代から続く

 

子供に、平安時代といっても通用しませんが、イメージできるのは数字ではないでしょうか?

平安時代が始まったのは、西暦794年です。

そしてその終焉が鎌倉幕府の誕生ですから、その年が1185年です。

この約400年間が平安時代ということになります。

半ばに最も栄えたとすると、引き算で、400年ですから、その半分200年を平安京誕生の年に足せば、西暦994年となります。

現在が2015年ですから、約1,000年前ということが出来ますね。

ここで、説明できるのは、「1000年前の日本の貴族が始めた、習慣だ」とすることが出来ます。

ここでポイントが、貴族と、習慣の話ですよね。

 

1000年前の世の中

 

平安京にはお寺がないと言われています。

これは、前時代が仏教文化が華やかで、お坊さんがとても多い時代です。

多いだけではなく、政治に口出しまでしてしまったため、色々と問題が起こりました。

昔は、天皇を中心として今よりずっと、政治に天皇が関わっていました。

この天皇中心の律令が脅かされるために、思い切って新しい新天地を都会で作っちゃえとなったのが、平安京です。

1000年前の日本は、安全に暮らせる土地は少なく、その土地ごとでもルールや規則が違っていました。

日本国中に国があるのと同じです。

人々に慣れ親しんだ仏教を完全に無くすことは出来ませんから、元の都である奈良に多くのお寺を置いたまま、そこでお坊さんはお坊さんらしく、修行に励んでもらうことになったのです。

ちなみに一般庶民は竪穴式住居で、地面に穴を掘って、非常に質素な暮らしをしていたそうです。

さすがに縄文時代とは建物の作りは違いますが、相当に貴族と落差があったようです。

 

貴族とは?

 

貴族

平安時代の貴族は、いわば当時の天皇家の婚姻関係と親戚で構成されています。

貴族の暮らしぶりは、ほとんどが占いによる吉兆で決められることが多かったそうです。

お風呂なども、縁起の良い日となるまでは、決して入ってはならないとされ、体に水をかける行動も、お清めの意味で行われています。

仕事は、今でいうところの「お役所仕事」で、つまり事務職です。

朝は早いでしょうが、仕事時間が短く、昼前午前11時には終えて、午後は全て自宅に帰ってプライベートといった感じだったようです。

ここまでで、まとめると、「1000年前の日本では、天皇もその親戚もお役所みたいな仕事を行っていた。」とすることが出来ますね。

加えて自由な時間もいまよりずっと多かったということです。

 

貴族の遊びはスポーツが中心

 

小さな弓を使ったゲームや、鞠を上空に蹴り上げ、相手につないでいく蹴鞠という、サッカーのようなものまであります。

勝ち負けはありませんが、相手より上手にしないと、恥ずかしい思いをしたとして、皆練習していたみたいですね。

平安時代の遊びが、そのまま現代に生きているものが、コマ遊びです。

お月見もこうした遊びの一つで、中国から「満月の夜の祭事」が日本に伝わり、やがて観月の宴と称して、小川に船を浮かべて水面に映る、揺らいだ月を眺めながら和歌をつくったりしていたそうです。

お月見としての、本来の流れはこうした貴族との関わりが深いです。

今でも、中秋の名月に酒の盃に満月を映してそれを飲むと風流、などと言われたりしますね。

 

お月見の日は、毎年なんで違うの?

 

Close up a blue toned calendar page

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これは、昔の暦をそのまま使っているからで、旧暦は月の満ち欠けで決めていきますから、現在のグレゴリオ暦という西洋の暦とは、数え方も異なります。

明治時代に西洋の文化を取り入れた際に、この太陽暦を取り入れてしまったために、日付がずれてしまい、生活スタイルに合わなくなり、旧暦は使われなくなりました。

旧暦が無くなるとき、その時代に残った行事だけが、現代に引き継がれたというわけです。

その旧暦の行事の一つが、中国で行われて日本に伝来した収穫祭の行事で、日本では旧暦8月15日と、旧暦9月13日のお月見がこれにあたっています。

日本に伝来したのが、奈良時代から平安時代といわれますから、観月の宴と合わさって、貴族でも行われるようになったというわけです。

旧暦8月15日を十五夜、旧暦9月13日を十三夜と呼び、前者は中秋の名月と呼ばれ、昔の秋のの頃がちょうどこの時期なので、秋の真ん中に出る月として親しまれているわけです。

 

ところで、まだまだ残暑が厳しい旧暦8月15日が秋の真ん中なんだ?と思う方も多いでしょう。

2015年の十五夜は、9月27日です。

これは、そもそも旧暦のお正月自体が、現在の2月に該当するからです。

横浜の中華街の春節を見ると、あれは旧正月のお祝いですから、昔の1月1日になります。

つまり、季節がずれているのではなく、暦の数え方が違うので、現代のカレンダーで示すと、どうしてもそうなってしまうというわけですね。

 

まとめてみましょう!

 

お月見をまとめると以下のようになります。

・古くは、日本が誕生した祖先を持つ天皇の伝統に、月を愛でる風習があった。 

・昔は月で暦を作って、月を中心としたライフスタイルだった。 

・秋の収穫を祝うには、月が満月になる時が最適だった。

こんな風になります。

ですから、正式なお月見は、縁側やベランダに、小さな台やテーブルを置いて、秋の野菜と、稲穂、そしてお米から出来るお餅から作ったお団子をお供えするのです。

 

以上の情報を上手に組み合わあわせれば、きっと上手に子供に説明できるはずですよ。

 

 

 

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