お彼岸のお墓参りが楽しくなる!新常識とお布施のマナーを知っておこう!


< Sponsor Link>

 

お彼岸とお盆の違いを知ってますでしょうか?

それにお寺に納めるお布施って毎回用意するものなの?など、お墓参りでは普段身近でないばかりか、よくわからないことが多いのでは無いでしょうか?

そもそも、あなたが敬虔な仏教徒である場合に、知ってるだろうことばかりです。

つまりはお彼岸の新常識とは、極普通にお葬式をあげるような、そんなご家庭向けのマナーについてです。


(c) .foto project

 

仏教の中でのお墓の考え方を知ろう

 

最近では、「霊園」にお墓を購入し、そこへ亡くなったら入ろうと、かなりの数の霊園が予約でいっぱいだそうです。

面白いことに、こうした霊園に納まる遺骨は、仏教徒でもないのに、お坊さんから読経を聞き、日本式の火葬のあとには、法要をやるのが一般的です。

しかしこのやり方ですが、本来は仏教徒でもないあなたが、やる必要がないものなんです。

無宗教の一般サラリーマンのご家庭が、そうした法要を行うのは、あくまでも慣習であり、それが無ければ葬式が出来ないとか、お墓に入れないということは絶対にありません。

このことを念頭に、まずは固定概念を外すことから始めてみましょう。

 

お彼岸の意味

 

「彼岸」とは、人間が死んだ場合、仏教では仏門に入り、生前の自分の行いに応じた、死後の世界に魂だけが行くこととされています。

その際に、仏教の教えでは、極楽浄土へ連れて行かれるのですが、そもそも、この生きながらにして死後の事を願うのが、古来からの仏教の考え方です。

こちらの世界、あちらの世界というように、仏教では死後の世界を「彼岸」と、つまりは極楽浄土をさして呼んでいます。

これは、方角的に西を指し、ものすごく遠い十万億土と呼ばれる距離の先にあるとされているため、四季のなかで太陽が真西に沈む、春分の日や秋分の日を、お彼岸と定めているのです。

この慣習は日本だけです。

秋では、9月20日が彼岸入り、9月26日が彼岸明けとなり、間の9月23日が中日で、ちょうどこの日が秋分の日といって祝日になってます。

従って、お墓参りがこの日に多い理由となっています。

また彼岸は、インドのサンスクリット語に由来し、「彼の岸」と呼ばれ、それは「悟りと涅槃の地」とされています。

仏教では、お釈迦様の下へ行くのが、いわゆる、極楽浄土です。

つまりは、無くなった身内、ご家族がご先祖への感謝と、自分の死後も、ご先祖と同じように極楽浄土へ行けるようにと願うもので、本来は修行の一つです。

それをまずは踏まえておきましょう。

 

お墓参りのマナー

 

仏教の世界では、人間は死んだ後6つの世界を輪廻して回ると言われます。

お墓に水をかけますが、あれは、ちょうど路地の地蔵にお水を備えるとの同じです。

6つの世界には、「餓鬼」と呼ばれる世界があり、死んだ人の中には生前の行いによって、この世界に落ちる魂がいます。

お墓にかける柄杓の水は、こうした餓鬼界に、せめて喉の渇きを癒やすためといった願いがこめられています。

従って、誰もが死んだら極楽浄土へ行けるわけではないというのは、これでわかります。

お墓は、そうした亡くなった方への感謝と祈りの場所でもあるのです。

 

お彼岸でお墓参りをしたら、まずは手を合わせて、今のご家族の報告をいたしましょう。

また、水は単に死者も喉が渇くから、といった説を唱える人もいますね。

水をかけるときは、墓石全体が濡れるようにたっぷりかけるのが常識です。

柄杓1~2杯ではとてもたりません。

ご先祖と同時に、「施餓鬼」といって、墓の周りにいる餓鬼への施しの意味でもあります。

 

仏花はかならず生花をつかう

 

彼岸 花

仏教の世界では、施しを表す「布施」、戒律を守る「持戒」など、6つの悟りを求める六波羅蜜という言葉があります。

風雪に耐え、春などに花を咲かせる植物には、人間の仏門への修行の誓いの意味がこめられています。

お墓参りには、ただの装飾の意味があるわけではありません。

これは、極楽浄土へ向かう修行の旅へ出発したご先祖への供養と、残された人の六波羅蜜の誓いなのです。

 

お花は風に倒れないように、少し短くし、左右対で立てられない時は、お墓に向かって左側にお供えします。

 

お供え物を持って行こう

 

お供え物には施餓鬼の意味と、亡くなった方への生前の感謝を込める意味などがあり、生前好きだった飲み物や食べ物、料理やお菓子など、決まりは特にありません。

まずはお墓の周りを綺麗に清掃し、出来ればお墓を雑巾で拭いてやり、たっぷりと水をかけて、それから半紙などを折って、その上にお供えをします。

 

お線香のあげ方

 

 

お線香は、インドなどでは「死者は香りを食べる」とされていたそうで、それに由来しています。

形式的なことを言えば、禅宗では1本~2本、浄土宗は、1本のお線香を2つに折った上で、横にして供えます。

天台宗、真言宗は3本で、形式的には拘る必要はありませんが、宗教があるなら菩提寺に聞いても良いでしょう。

供えるときは、ろうそくを持って行くとよいです。

最初にろうそくに火をつけ、お線香の先に火を移したら、吹いたり手で仰いだりせずに、すっと手を下にむかってさげると炎は消えます。

 

お布施について

 

根本的に大きな誤解をされている方が非常に多いのですが、菩提寺など、檀家でありそのお墓を守る立場にある家庭は、何度もお墓に行けない場合も多いです。

そんな時に、自分の代わりとしてお坊さんに供養とお墓の守りをお願いするという意味が、「お布施」です。

そもそも、お坊さんの収入とかお寺の維持費とは無関係です。

当然、霊園などでは本来お布施は全く不要ですし、お寺でもお彼岸で、いちいちお布施をするようなことはありません。

それに、お布施はお心づけのようなもので、決まった金額はありませんし、少ないから受け取れないなどといったことはありません。

菩提寺で普段はお墓参りを出来ない方が、申し訳ない気持ちでお坊さんに、自分の代わりとして法要をお願いするためのものです。

自宅に仏壇があり、毎日拝んでるとか、お墓参りは時々にしても日頃からやってるなら、本来必要ありません。

お寺によっては管理費なども別にあるでしょうし、年期法要の時に心付けでお中元のようなものを渡す程度が、極普通でしょう。

仏門の常識として、金銭授受はあるべきではないのです。

それに、通常日中であれば、お寺は誰でも自由に出入り出来ますから、日頃からお墓参りするのが、本来の姿である事は知っておきましょう。

 

世の中、「お彼岸」だから、「お盆」だからと、決まった期日にだけお墓参りをするものだといった、不思議な固定観念にとらわれてるようですが、日頃からご先祖に対し、感謝をしているかが最も重要なんですね。

 

 

 

 

 

< Sponsor Link>

コメントは受け付けていません。

サブコンテンツ

 ▲